大人のアプリ広場

著:吉田幸助氏

パラダイムシフトは難解技術に基づくとは限らない『めぇの工場』第36回 19年11月更新

なんだかいままでずーっと存在してなかったものが、突然カウンターのように降って沸いて、その後の世の中を一変させるものってあるじゃないですか?最近だと携帯電話やスマートフォンとか。なかった頃が思い出せない。

電気が普及したことや鉄道や車が実用化された時もそんな状態だったのだと思うけど、まぁそんな状態のことを『パラダイムシフト』なんて呼びますよね。価値観の変化、劇的な変化。

これらは全部、僕のような何も知らない素人にとっても “何かしらんが、何やらすげぇ!” って事だけはヒシヒシ伝わってきます。携帯電話を初めて見た時の衝撃、スマートフォンを手にした時の、これまで一度も経験したことのない世界に触れるワクワク感。スマホも携帯も、こんなのが電話やコンピューターとして機能するのが本当に信じられなかった。横浜を走る鉄道を初めてみた明治の日本人も同じような感覚だったのではないだろうか?

 

“何かしらんが、何やらすげぇ!”と。

 

ただ正直言ってしまうと、こういった綺羅星のように現れる『超ド級キングオブ技術革新』は、すごいと思って当然なんですよ。技術的に凄いんだから。

けど逆に、めっちゃ技術的にはたいしたことないのに、その後の生活を一変させてしまった極小パラダイムシフトもあるように思います。

僕にとっては「しゃもじのブツブツ」が、それに該当します。

◎しゃもじのブツブツ、これで人類は永久にしゃもじに飯つぶがくっつくことから解放された!!!

「しゃもじのブツブツ」とは何かというと、文字通り、しゃもじの表面に施されたブツブツです。この加工がしゃもじの表面に施されることによって、しゃもじとご飯粒との接触面積が減り、しゃもじからご飯粒が剥がれやすくなった=しゃもじにご飯粒がくっつかなくなったと。

生まれた頃から『ブツブツのついたしゃもじ』しか知らない世代には分からないかもしれませんが、昔のしゃもじはブツブツがついてなかったのです。ペロッっとフラット(平面)。それが突然、『ご飯粒がくっつかないしゃもじが誕生しました!』といって世に放たれたのが『表面にぶつぶつがついたしゃもじ』でした。

あの時の僕の衝撃は、スマートフォンや携帯に匹敵する大革新だったんですよ!手にした時の驚きはすごかった!

たったこれだけで?

表面が単にブツブツしてるだけ。たったこれだけでご飯つぶがつかない?そんなバカな?

・・と思って使ってみたら、確かにつかない!ぜんぜんつかない!!!

得られた効果の見事さに対する、『工夫のちんまり感』の落差というか…。たったこれだけの工夫で?たったこれだけの違いで?これまでしゃもじの飯つぶで苦労してたあの日々は何だったのだろう…

僕は軽いショックを受けました。ただ同時に “怒りに近い何か” も感じました。

人類はこれまで一体、何をしてきたんだと・・

稲作開始から考えると弥生からッスよ!推測ですがしゃもじ(またはしゃもじに近いもの)は、稲作が始まった頃より存在したのではないかと思われます。まぁ初期のころは大目にみよう。ヤツら土器と青銅だし。その頃にしゃもじのブツブツ作るのは至難の業だったことは認める。

しかし、室町あたりから何やってたんだよ人類!そろそろ気づいてもいい頃なんじゃないだろうか!?!?

平安ならまだいい。ヤツら和歌ばっかり歌ってた頃だし。室町あたりから凝り凝りの鎧とか作っていた筈だ。日本刀が産まれたのもたぶんその頃。

日本刀作る技術があって、何故ブツブツしゃもじを作れなかった?

あんなの日本の優れた工芸技術を持ってすれば可能だった筈。そもそもその発想が思いつかなかったのだろうか?

ただ、かく言う私も、小さい頃は何の疑問も持たず、ベタベタ飯のつくしゃもじを普通に使っていた。当たり前のように。

そしてしゃもじにこびりついた飯つぶは、必ず母ちゃんが “茶碗のフチの部分” を使ってこそぎ取られるんですよ。そして家族の誰かがそのこそぎ取られた飯つぶが入った茶碗に当たるのですが、僕個人として、その『こそぎとられた飯つぶがついた茶碗』は “ハズレ” のように思ってました。あの部分はお米のふんわり感が一切無いというか、味の無い『工作糊』食わされてるような気分になるというか。

しかし、その事実を半分諦めていたんですよ。対処法はないと。

まぁあの頃における最高の方法と言われていたのは “使う前にしゃもじを水で濡らしておく” だったのだが、それでも限界はある。結局くっつく。しかしあの頃は “水で濡らす” が最高のソリューションだったのです。

その現実を突如凌駕するパラダイムシフト。それがぶつぶつしゃもじ。

僕が大学生か高校生ぐらいの頃。

少なくとも僕ははじめてぶつぶつしゃもじに出会うまでは、しゃもじにブツブツを付けるなんて発想はなかった。出てこなかった。そんな僕のような “しゃもじに飯つぶがくっつくのを見てても何も解決策を思い浮かばなかった人” が、弥生時代から2000年近く大量にいたのでしょう。そう思うと、このしゃもじを発明した人は本当にすごいと思う。僕にはできない。

そして更に、今ふと思ったのですが、飢饉や戦乱、下剋上=生きるか死ぬかのあの時代において『しゃもじに飯がくっつくこと』など、どうでもいいことだったのかもしれません。ただ、江戸時代中期ぐらいの頃とかに、ひとりぐらい『飯粒のくっつかないしゃもじ』とか発明して欲しかったものです。あの頃ならできた筈だ。

ただ、表面のブツブツだけじゃなく、素材の違い等、実は高度な技術があるのかもしれないですけどね。詳しいことは分かりませんが。

◎しゃもじと同様、何故か人類が長年辿り着けなかったもの

『メガネのツル』とかもそうだったみたいなんですよ。視力を補うことを目的としメガネが登場したのは13世紀。ただ、その頃は手でも持つのが主流。せいぜいがんばって鼻に掛けるタイプ。ヒモで耳に掛けるタイプが登場するのは17世紀なので、それまで400年近くかかってます。

 

長すぎだろ人類!!!

 

素朴な疑問だが、メガネを手にした時、”それを耳にひっかけよう” という思いに至るのは、難しかったのだろうか?鼻に乗せた時、そこじゃねぇ!耳だ耳!という天の声は聞こえてこなかったのだろうか?

メガネを作っていた職人は、当時一級の技術者であり知識人だった筈。それが揃いも揃って400年間、『耳に掛けようぜ!』という声を上げる者が居なかったことが、不思議でなりません。

いや、我々はたまたま “あとに生まれた人間” なので、メガネは耳にかけるという事実を知っているので、簡単に思えるだけなのかもしれません。ゼロからだとその発想には至らないのかもしれません。もしかしたら今の我々が気づいてないだけで、実は耳を超えるもっと最高なメガネの固定位置もあるのかもしれません。そんな思いすらします。

◎メガネといえば目!珍しい目のアプリです!

今回紹介するのは『「めぇ」の工場』、経営放置ゲームです!けっこうシュールな雰囲気です!

ドクロからぽろぽろ生まれてくる『めぇ』をどんどん集めるイメージ。効率よく集めるために、流れる経路やドクロそのものを増やしていきます!

めぇの数ほど、金額が増えていきます。そしていろいろ買えます!

どくろの数を増やすこともできます!スピード二倍です!

こんなかんじで、いろいろカスタマイズしてスピードアップすることができます!あまり欲張りすぎてあふれてしまうとダメ。このあたりにテクニックが要求されます。

そんなシンプルなようで奥の深い「『めぇ』の工場」お勧めです!!!

 

 

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